「国粋遊戯 ねごろ牌」のこと          文責:CC




 先般、「ねごろ牌」なる遊戯具を入手しました。



 此処では、これについて考察してみようと思います。
 ただ、以下は、この遊戯具の現物から得られる情報のみで私が推察した事柄であり(ひょっとすると与太話に近い(汗))、これについて何か周辺情報をお持ちの方は、大歓迎ですので是非こちらに書き込みお願いします。


 これは、ネットオークションで入手したものでして、商品ページで画像を見ていただけの段階では、ケース内の牌の並びがバラバラだった事もあって、「麻雀と花札を合わせた様な遊びなのかな」あるいは「麻雀に和風のモチーフを加味した感じのものかな」等と思っていたのですが、入手後、付属の説明書を見て牌を並べ直してみると、これはどうもそんなものではなく、道具立てこそ牌に点棒と麻雀っぽいですが、謂わば「花札の拡大版デッキ」の様なものである事が判って来ました。
 私は、中国→中東→欧州→日本と云う歴史の流れに含まれ、また其処から派生したカルタ類全般に興味を持っていますが、その興味の起点であり、今でも中心であるのは花札なので、それで入手した当初より遥かにこの牌に俄然興味が湧いて来まして、これだけ花札寄りのものなら当サイトで紹介するにも丁度良い、と思ってこのページが出来上がっております(笑)。


   道具立て
 まずは、全ての牌、並びに付属の説明書の表裏をご覧ください。
 (以下の文章では、説明書にある旧字は適宜現行の新字に改めて用いていますのでご了承ください。)






 (※字が小さく読み辛いかも知れませんので、この画像には大きい画像へのリンクを貼っております。容量が7.8MB程ありますのでご注意ください。)

 ご覧の通り、説明書と云っても役の事を説明しているもので、ゲームの手順については書かれていません。ただ、この説明から、恐らく花札、殊に八八を発展させた(少なくとも発展させようとするつもりで作った)ゲームであろう、と云う事は読み取れます。その辺り、また牌の内容について等は後段でもう少し詳しく考察しますので、此処では続けて内容物について見てみます。
 牌の外観はこんな感じです。



 造りとしては、古い背竹の麻雀牌と同じかと思います。ちなみに大きさも、長辺が約25mmで、良くある大きさです。材質については、裏面は竹で間違いないと思いますが、表面は良く判りません。多分何かの骨かとは思うのですが、確信は持てません。
 続いて、他の付属物です。



 八八道具を見知った目からでは、これはどう見ても番個板にしか見えません。石も12個付属しているのですが、この遊戯具では得点のやり取りを碁石でする訳ではないので、ただ単に月数を表示するだけで点数は供出しないのかも知れません。もっともこれは、これが本当に番個板である、と云う仮定の話ですので、もし違うなら全くの見当外れですが。
 骰子が2つ付属しています。これも説明書のみからでは何に使うのか不明です。ただ、八八道具には、使わない筈の骰子が入っている事もある様なので、これもそんなものかも知れません。
 次に、碁石ではない、と前述した得点用具です。



 刻まれている表示は異なりますが、外観は麻雀の点棒に近いです。実際、説明書にも点棒と表記されています。ただ、麻雀のものと違い、500点棒(最高点種)だけ幅が格段に大きくなっています。その500点棒には日の丸の旗が描かれており、これを見た時私は思わず、以前に聞いた「麻雀の一万点棒を"連隊旗"と呼ぶ事もある」と云う話を思い出しました。・・・ただまあ、確か連隊旗は旭日旗だった気もしますが(笑)。
 500点棒以外の点棒は、4種類とも大体同じ大きさです。が、実は種類による差でなく、どれにもランダムに薄っぺらかったり幅が狭かったりするものが混ざっており、品質にバラツキがあります。使い減りでなく元々だと思うのですが、牌が多少の差異はあるとは云えそれなりに均質に作られているのと対照的です。
 なお、入手したものには、説明書の記載と較べて50点が2本、10点が3本、1点が1本不足しています。

 以上で内容物の全てです。牌は説明書の通りに90枚揃っており欠品はありませんが、それ以外の付属品で、上記の通りの点棒の不足の他に何か欠品があるのかどうか、は、内容物の一覧等が説明にないので全くの不明です。


   牌の内容
 上に掲げた画像では、説明書の記載等を元に、私が自分なりに牌を種類分けして並べてあります。此処ではそれについて考察してみます。



 この48枚は、説明書にある「祭礼役」用の牌です。役については後述しますが、これは1年(12ヶ月)の各月の祭りがモチーフになっており、これについての説明からこのねごろ牌においても、花札と同様に1ゲームが12ディールであり、各ディールを「月」と称する事が推察されます。



 この36枚は、花札由来のモチーフが用いられた牌です。花札や上記「祭礼役」用牌と同様に月が割り振られているかは不明ですが、良く考えれば、花の種類を合わせるので、その花の月数は八八にはあまり意味はありません。ただ、説明書に出て来る「同季」という文言が何を表しているかによって事情が変わって来る可能性はあります。
 花札由来なのに9種×4枚なのは、1月の松と8月の芒が上記「祭礼役」用牌に採用されている為と、何故か花札の7月である萩が、ねごろ牌では採用されていない為です。


 (定規を添えてみました。)

 この6枚は、風、雲、雪の字が書かれたものが2枚ずつしかなく、鬼札とか麻雀の花牌の様な特殊牌の様に感じられるのですが、実は、説明書を読んで一番頭を悩ませるのが、この牌の用い方です。

 以上90枚が牌の全てですが、こうして分類、配列すればお判りの通り、このねごろ牌は、21スート×4ランク+特殊牌6枚と云う、スートを憶えるのも一苦労な(笑)構成で、これは花札のスートを大幅に増やした「花札の拡大版デッキ」を目論んだ構成であろう、と推定されます。これは、後述する役の説明から「八八の発展型ゲーム」の為の牌である、と考察出来る所から、まず間違いないと思われます。
 なお、説明書に20点牌、10点牌、5点牌、1点牌と云う文言があり、ねごろ牌にも各牌に固有の点数があるのは間違いありません。配点は、赤丸が上に2つ(左右1つずつ)打たれている牌8枚が20点、左上に1つ打たれている牌16枚が10点、黒丸が左上に1つ打たれている牌13枚が5点、雪雲風を除くそれ以外の牌47枚が1点、雪雲風の6枚が得点無し、とすれば、説明書の通り総計432点になり、花札と比較して並びとしても収まりが良く思えるので、恐らくそれで間違いなかろう、と思いますが、他に納得の行く配点を推定された方は是非お教えください。


   遊び方推定
 此処までにも繰り返し書いた通り、このねごろ牌は花札の八八を元にした遊び方をするものと思われます。これは、説明書の役についての記載に八八と重なる部分が多い、と云うのも主な理由の一つですが、牌の枚数が異なり、また説明書の記載から4人遊戯だと判るので、当然にして牌の配り方などに異なる面も出て来ます。
 恐らくは、手十場十に配り残り40枚を山にするのだと思われます。これは、後述の既得役に「五双」と云うのがあり、これは手牌が10枚ないと成り立ちません(他に「三ツ三」等9枚必要な役もあり)が手牌が11枚だと場牌が2枚になってしまい、12枚だと牌が足りなくなる、と云う事から、妥当な推測だと思います。
 ただこれは、配り方、ゲームの進行が八八に準ずる、として花札に馴染みのある私がその考えに凝り固まった頭で行った推定なので、もし全く異なる進行法が想定し得るなら、この推定は意味がなくなります。


   既得役
 説明書の主体は役の一覧ですが、その中に、既得役、優勝役、と云う区分が出て来ます。これは、内容を吟味すると、既得役が八八で云う手役、優勝役が同じく出来役に該当すると思われます。
 まず既得役ですが、これは更に、晒し役、隠し役の2種に分かれています。この区分は、八八の手役において、カス札が関係するものと同月の札複数枚が関係するものがあり、重複役は前者と後者の組み合わせになっているのをより具体的に名称を付して区分した、と云う事だと思います。殊に晒し役の5つなど、それぞれ八八の「光一」「赤」「短一」「十一」「空素」そのままです。十一など名称まで同じです。尤も、上記推定通り手牌が10枚ならば、1点牌の枚数は相応に多くなるのは当然です。
 既得役の構成については、説明書を読めば余り不審な点はなく判り易いと思いますので、上掲の説明書の画像をご覧戴けば良いのですが、私には二点程疑問点がありまして、それについて少し。一点目は、説明中にある「同季」についてです。この「同季」とは、八八に用語としてあるものではなく、ただ解説の表現としてはあっても良いとは思います。ねごろ牌の場合、そもそも現状では複数の解説を対比出来ないので、明らかに特有の名称であると推定出来るもの以外は、専門用語なのか解説の為の表現なのかの区別を付けるのは難しいですが、八八からの推測ならば、これは「同じスート」と云う意味に捉えられ、ほぼそれで間違いないと推定します。但し、他の可能性として、もし花札由来の牌に、松と芒以外にも月が付与されているならば、スートは違っても同月なら揃えると役になる、と云う事も有り得ます。上で少し触れた"事情"とはこう云う事ですが、ただこれは、可能性としてはかなり低いと私は思っています。それは、これだと月によって偏りが出る為、付与される月が花札そのままならば、牌が4枚しかない1月、7月、8月は役について何らかの特例がありそうなものなのに、そう云う記載は一切なく、またそれ以前に、もしそうならそれこそ「同季」と云う言葉について説明があっても良いのでは、と思う為です。
 二点目は一節という役の説明にある「時雨の20点を除く」と云う文言です。これは二通りの解釈が可能に思えます。つまり、この注意書きが20点牌に懸かるのか1点牌に懸かるのかによって、「一節の『20点牌1個』に時雨牌の20点は使えない」とも「(後述の通り時雨牌は1点牌としても使えるが)一節のみは時雨の20点牌は1点牌として使えない」とも読める訳で、これは一体どちらなのでしょうか。

 以下では左側の欄にある注意書きについて考察してみます。
 「三併、特三牌の取込は10点増し」と云うのは、八八で云う飛び込みの事でしょうが、二タ三、三ツ三、二タ特三、及び三ツ特三の場合も同様に扱うのかは記載がなく、判断が難しい所です。もしそう扱うなら、三ツ特三など90点プラス最高30点で、四四より高得点になってしまいますが、ルールとしての原則を貫くならそうすべき、と云う気もします。
 「時雨牌」とは、花札由来の中の柳の牌と推定されます。そして、その扱いも八八での柳の扱いと同じく、4枚全て1点牌として使う事も可、となっていますが、「20点牌に限り『嵐』の禍の牌ともなる」と云うのが良く判りません。これについては後述します。
 晒し役、隠し役それぞれの牌の置き方について書かれていますが、此処は少し意味が取り辛いです。八八と同様と推定するなら、晒し役は1点牌を他から見える様に置きそれ以外を見えない様にして、隠し役は複数揃いの牌を晒してそれ以外を見えない様にする、と云う事であり、まずそれで間違いなかろう、と思うのですが、それだと晒し役の説明と隠し役の説明で「役牌」の示すものが違ってしまう所が難点です。晒し役の説明では「1点牌でない牌」と云う意味で、隠し役の説明では「役を構成する複数揃いの牌」と云う意味なら八八と同じになるのですが、少し疑問が残ります。ただ実際、推定通り八八と同様とすれば、役によって違うとは云え、晒し役、隠し役の文言通り、隠し役の方が晒さず隠しておける牌が相対的に多くなる可能性が高いです。
 「二役獲得の場合は得点も二役分を精算」は、これも八八と同じで問題ないのですが、その場合名称をどのように呼称するのかは判りません。尤も、八八の場合も名称を、ねごろ牌で云う晒し役・隠し役の順に並べただけなのですが、その様に法則性を持って呼称するかどうか不明です。ちなみに、不可能な組み合わせがあるか否か、全部で何種類成立するかは、面倒なので今の所検証していません(笑)。
 晒し役の場合、基準点以上取得で抜け役10点増し、も八八と同じですが、ただ八八では88点は含まれず89点以上であるのに対し、この説明で「108点『以上』取得」とあるのは現在の用語で厳密に云えば108点も含まれる事になりますが、含まれるのでしょうか。良く判りません。なお、八八では光一には抜け役は設定されていませんが、それに相当する一節は特にその様な区別はされていない様です。


   優勝役
 前述の通り、優勝役とは出来役の事と思われます。その中で、祭礼役と云うのは割とこのねごろ牌独特で面白いと思います。要は花合わせ等で云う「シマ」なのですが、12のスートに月と、その月に特有の祭りを役として割り振り、「その月に獲得して有効」としているので、各月で成立する祭礼役は一つずつ、と云う事です。なお此処から、八八と同じくこの遊戯も1年(12ヶ月)を行う、と云う推測がかなり確定的な訳です。
 此処で祭礼役用の牌を再掲します。これは右から順番に1〜12月と並べてありますので、考察と併せてご覧ください。



  元始祭(1月)
 1月3日の宮中祭祀で、かつては祝祭日であったそうです。
 モチーフは花札と同じく松(20点牌はそれに鶴)です。
  建国祭(2月)
 これは現在でも2月11日が建国記念の日なので判り易いと思います。
 モチーフは日の丸です。
  雛祭(3月)
 読んで字の如くです(笑)。
 モチーフは菱餅(10点牌は雛人形)です。
  花祭(4月)
 お釈迦様の誕生を祝う祭りで、現在の日本では4月8日とされています。
 モチーフはお寺の地図記号でお馴染み卍ですが、何故か現物と説明書で左右が違います(笑)。
  端午祭(5月)
 これも読んで字の如く、端午の節句です。
 モチーフは当然鯉のぼり・・・なのですが、はっきり描かれているのは10点牌のみで、5点牌は先端の風車で、全体に共通するのは・・・牌だと判りづらいですが、説明書を見る限り、これは吹き流しでしょうか?
  大祓(6月)
 6月と12月の晦日(つごもり、或いは、みそか。最終日)に行われる祓いの儀です。
 モチーフは梵貝、これは法螺貝の事だと思うのですが、大祓との繋がりが私には良く判りません。大祓で吹くのでしょうか。昔は神仏習合だったので判る気もしますが、仮にねごろ牌の成立時期が戦前とした場合、少し違和感も覚えます。
  七夕祭(7月)
 これも読んで字の如くです。
 モチーフは笹に短冊で、牌には10点牌に星、5点牌に(多分)天の川が描かれていますが、何故か説明書では星と天の川が逆です(笑)。
  観月祭(8月)
 お月見の事でしょうが、神社によっては年中行事として行われているそうです。
 モチーフは花札と同じく芒で、20点牌に月、10点牌に(多分)雁がいる所も同じですが、牌に描かれている芒は花札の様に山にはなっていません。
  太子祭(9月)
 実は此処が一番、調べても良く判りません(汗)。多分聖徳太子関連の祭りで、検索をすると結構色々引っ掛かるのですが、9月でない所も多く、何を以てこれを9月に配したのかが判りませんでした。単に私の調査不足、勉強不足ならご容赦ください(汗)。
 モチーフは、「太子」の篆書を丸く図案化したものです。
  体育祭(10月)
 10月に体育祭とは、現代日本人には非常に判り易い(笑)のですが・・・実は下記モチーフも含めて少し疑義があり、頭を悩ませています。これについては後述します。
 モチーフは五輪マークですが、10点牌のこれは、カップなんだか聖火台なんだか・・・(苦笑)。
  明治祭(11月)
 現在"文化の日"と云われている11月3日は、明治時代には天皇誕生日でした。現在でも明治神宮では、毎年11月3日に神事が執り行われています。
 モチーフは、恐らく「明」の字の図案化だと思われます。
  クリスマス(12月)
 このねごろ牌は「国粋遊戯」と銘打たれていますが、此処に来てしれっとキリスト教の行事が登場しました(笑)。まあそりゃ、此処までの祭りも外国由来(主に中国)のものも含まれていますが、それなりに古くから日本で積み重ねられたものだと思うので(体育祭除く)、冠された銘とも相まってやはり多少の違和感があります。
 モチーフは当然十字架です。
 以上12種類、前述の通り各々その月にのみ成立し、各50点です。

 礎役は、高点牌の組み合わせで出来る役で、3種類あります。
  三聖(60点)
 
 花祭の10点牌、太子祭の20点牌、クリスマスの10点牌の3枚で構成される役で、三聖とはつまり釈迦、聖徳太子、イエス=キリストの三人の聖人の意味と思われます。
  敷島(80点)
 
 元始祭(松)、桜、観月祭(芒)、桐の各20点牌の4枚で構成される役で、つまりは花札の様々な遊戯で採用される四光の事です。敷島とは日本の古い呼び方なので、日本の風土、自然に因んで名付けられたのだと思います。
  大和魂(80点)
 
 建国祭の20点牌、明治祭の20点牌、体育祭の10点牌の3枚で構成される役で、国粋遊戯と銘打たれる遊戯で大和魂と名付けられる役としては、体育祭が入っている事も含め何となく判る様な気がする(笑)イメージです。
 この役には注意書きがあるのですが、それについては後述します。

 四季役は、吹き消される可能性のある役で、3種類あります。
  富士(60点)
 
 雪、雲、風の特殊牌6枚で構成される役ですが、梵貝牌に吹き消されてしまいます。
  桜狩(70点)
 
 元始祭(松)、梅、桜の各5点牌で構成される役で、つまり花札の赤短です。ねごろ牌では、5点牌に短冊が描かれていたりはしません(短冊は七夕祭のモチーフになっています)が、この3枚には代わりに赤い盃が描かれています。
  紅葉狩(70点)
 
 牡丹、菊、紅葉の各5点牌で構成される役で、これもつまり花札の青短です。こちらも桜狩と同様に、青い盃が描かれていますが、菊の10点牌に盃が無いのはそのあおりを食らったのでしょうか(笑)。
 桜狩、紅葉狩については、梵貝牌で吹き消されるのは間違いないと思うのですが、それ以外の吹き消しの説明が悩みのタネでして、後述します。

 長寿役は、その内容から考えて、八八の特殊な出来役に相当する、その月を最後までプレイした後に成立する役と推定されます。
  成年祝(50点)
 終了時、1点牌を21枚以上取得していれば成立します。
  銀婚祝(60点)
 終了時、10点牌を9個以上取得していれば成立します。
  金婚祝(70点)
 終了時、5点牌を8個以上取得していれば成立します。牌の配点の推定で、5点牌の方が10点牌より少ない事に違和感を覚える方もいらっしゃると思いますが、此処で金婚祝が銀婚祝より少ない数で成立する事は、配点の妥当性を補強する一助になるでしょうか。
 上記の3つの役は、各々設定されている枚数を超えると、1枚増すごとに10点増しとなります。
  還暦祝(70点)
 終了時、牌の合計点が61点丁度であれば成立します。ちなみに還暦は、数え年ですと61歳です。
  喜の祝(80点)
 終了時、牌の合計点が77点丁度であれば成立します。喜の字の草書は七十七の様に見えるので、77歳の事を喜寿と云います。
  米の祝(80点)
 終了時、牌の合計点が88点丁度であれば成立します。米の字は八十八と分解できることから、88歳の事を米寿と云います。
 上記の3つの役は、各々設定されている点数丁度でなければなりませんが、時雨牌を利用せずに成立(取得していないか、あるいは時雨牌の20点、10点、5点をそのままの点数で使う、どちらでも可と思われます)すれば10点増しとなります。

 優勝役の最後に、単独で除夜と云う役があります。これは、八八で云う総八に当たる役で、参加者4人が全員基準点である108点だった場合に成立します。先頭選手、と云うのは最初の手番の人と云う意味で間違いないでしょうから、やはり八八と同じく通常は親と称される参加者の特権です。
 ただ、この除夜、得点が500点と、他の役に較べて極端に高くなっており、しかも「改年役」と記載されています。年、と云うのは1ゲームの事と推定されますので、これは「除夜が成立したら其処でゲーム終了」と云う意味にも取れ、もしそうならば、相当に高く扱われている役です。ねごろ牌は枚数も花札に較べ多く、参加者も増えていますので相応に成立し難くなっていると思われ、レアな役、と云う意味で優遇されている、と云う事だとは思うのですが、バランス的にはどうなのか、気になる所です。

 優勝役の注意書きについては、後述の疑問点で多々触れますので、上記でまだ触れておらず、特に疑問でない部分について書いておきます。
 優勝役は、先頭選手(親)が獲得すれば、上記の点数にプラス10点となる様です。書かれているのは祭礼役の項目ですが、わざわざ「優勝役」と断っており、他にも祭礼役に限らない事項が書かれているので、祭礼役のみでなく優勝役全てに当て嵌まる、と推定します。
 「優勝役獲得と同時に改月になります」とあり、改月とはそのディールを終了し次のディールに移行する事と推定されますので、八八と同様、誰かが役を作れば牌を全て使い切らずに其処で終了する、と云う事だと思います。それ以外に注釈はないので、八八で云う「下げ」、こいこいで云う「こい」の様な継続のルールは無い様です。


   不明点、不審点、疑問点など
 現時点で私に推定、推測出来るのは以上で、此処までにも不明な点、疑問点等は幾つか触れて来ましたが、以下ではそれ以外の、どうにも私の頭を悩ませている事項について並べてみたいと思います。
・まず、雪、雲、風の特殊牌6枚ですが、これは得点無しと推定しました。0点牌が存在する、と云う事は、それなりの役割を負っている、と云う事に他なりませんが、実はその役割、用い方が良く判りません。時雨牌と風で「あらし」、雪と風で「ふぶき」等(表記が一定していないので此処ではひらがなで表記します)が説明書にあり、それは四季役の一部を吹き消すとは説明されていますが、それだと雲の役割が「富士」を構成する以外には不明で、それなのに梵貝牌の吹き消しの説明には、風、雪と云った単独牌でなく「あらし」「ふぶき」と共に併記されています。具体的にどう云う役割かが不明です。それともこれは考え過ぎで、雲は「富士」を構成するだけで、それが梵貝牌で吹き消される、だけなのでしょうか。それでは少し物足りない気もします。
これは上記と関係ある可能性もありますが、「禍い牌」と云うのがどんな役割をするのか判りません。時雨牌の20点は「嵐」の禍の牌ともなるので時に応じて云々、とあるのですが、もし自分の役が吹き消されるだけなら、時に応じても何も、そんな用い方はしないと思います。それとも、誰かが「ふぶき」や「あらし」を先に作っていれば、その月ではそれに吹き消される役は誰に出来ても無効、と云う事なのでしょうか。梵貝牌については、1枚で吹き消しの効果があるので、取得したプレイヤーの四季役が吹き消し、で間違いないと思うのですが、梵貝牌と「ふぶき」「あらし」では扱いが違うのでしょうか。それなら説明にありそうなものだとも思うのですが、これについては、梵貝牌の説明に、「あらし」「ふぶき」「雲」及び「富士」の優勝役を吹き消す、とあるので、ひょっとしたら「ふぶき」「あらし」については推測通りで、但し梵貝牌を一緒に取得していればその効力が吹き消される、と云う可能性も有り得ます。その場合でも併記されている雲の機能が不明なのですが(笑)。
・八八と同じく誰にも優勝役が出来なければ牌の点数を合計して基準点を引いて精算、と思われますが、優勝役が出来た場合、これも八八と同じく役の点数を他3人から貰うのみ(これも本当にそうか確証が持てませんが)なのか、それとも牌の点数も何らかの形で精算するのか(牌を使い切っていないので当然基準点は関係ありませんが、点差とかそう云った形で)、説明書にないので判りません。ただ、八八が元になっているとすれば、これは単に私の考え過ぎで、役のみ精算が妥当、とも思いますが(笑)。また、「下げ」や「こい」に当たるルールは本当にないのか、と云うのも、同じく考え過ぎかも知れませんが、気になる所ではあります。
「大和魂の役は『四季』及び『長寿』役の全部を征服してしまいます(先取得権役)」とありますが、此処は意味が良く判りません。吹き消しの事ならわざわざ征服などと云う表現は使わないでしょうし、大和魂に限らず何らかの優勝役が成立すれば其処で改月となる訳で、その月ではそれ以降に他の役が成立する事はそもそもありません。ある月で大和魂が成立したら以後の月では四季役、長寿役共に無効、と云う意味か、とか色々考えてみたのですが、どれもいまいちピンと来ません。これはどう云う意味だと思われるでしょうか。皆様に広くご意見お伺いしたい所です。
・「満月牌」と云う分類が載っていますが、これは何の為にあるのか全く不明です。
・上記で12ヶ月と推定しましたが、番個板の穴は13個あり、また石を紛失している可能性も無いとは云えないので、完全に確定出来ていません。そもそもあれが本当に番個板なのかも不明ではありますが、まあこれも、恐らくは考え過ぎだとは思います(笑)。
これは遊戯の方法とは関係ない部分ですが、このねごろ牌は、"国粋遊戯"と云う名称や説明書の用字、古び方などから戦前、あるいは戦時中のものか、とは思うのですが(ねごろ牌についてご存知か訊ねてみた、私より余程ゲーム類に詳しいある方は、残念ながらご存知ではなかったものの「何となく、戦時下で敵性国家の遊びである麻雀に対して、日本の遊びとして作られたという筋書きがありそう」と仰っていました。そう云うイメージを喚起するのも判る存在だと私も思います)、10月の「体育祭」に五輪が描かれているのが気になります。ちょっと調べてみますと、五輪のマーク自体は、1914年にお披露目された様なのですが、1940年の幻の東京五輪は会期の予定が9/21〜10/6だった様で、それに限らず戦前の五輪の会期を見ても、特別に10月と結び付くものではありませんでした。五輪で10月と云うのはどうも戦後の東京五輪のイメージに思えるのですが。まあひょっとしたら、今でも体育祭と云えば10月ですが、当時からそう云う感覚だったとして、そのイメージと「でっかい体育祭」(笑)である五輪とが結び付いただけかも知れませんが・・・。この事は、祭礼役にクリスマスがある事と合わせて、今の私達のイメージでは良しとしても、ねごろ牌の成立が戦前とすれば、当時のそれらに対する感覚が私達には判らないので何とも云えないのは確かですが、少し違和感を覚え、戦後(早くとも東京五輪決定後)の成立の可能性も捨て切れません。(15/04/02追記あり)
・説明書に「ねごろ泰山荘発行」とあり、ねごろ牌の名の由来はこの辺りかと思いますが、このねごろ泰山荘と云うのが一体何なのかは一切判りません。牌の製作、或いは販売は「松屋」ではないのでしょうか。考案した人がねごろ泰山荘の誰か、と云う事でしょうか。可能性としては「ねごろ泰山荘で考案され、松屋が製作、販売」「ねごろ泰山荘で製作された物の、松屋のOEM版」「ねごろ泰山荘がホテル等何らかの施設だったとして、其処に置いて利用する為に松屋が製作」等々、言い出せば切りがない程色々ありますが、何にせよ「ねごろ泰山荘」「松屋」共にまずどう云った所なのか判らなければ始まらない訳で、「ねごろ牌」や「ねごろ泰山荘」で検索しても有効な情報は引っ掛からず、「松屋」では逆に引っ掛かる件数が多すぎる(苦笑)、と云う状況では、これ以上推測のしようがありません。(15/03/22追記あり)


 これで、私が行った考察や疑問点等は全てです。当時の販売、あるいは配布の状況が判らないので何とも云えませんが、全く普及した形跡がないからには、可能性として「遊んで面白くない」、または「ややこしくて取っつき難い(スートの数とか(笑))」と云う可能性がかなり高いのは否めません。ただ、今後そう云った検証をするとしても、まずこの誰にも知られていない(と思われる)遊戯具について情報提供しなければ始まらないので、ものが花札の系列の遊びであろうと見当を付けた事もあって当サイトで公開してみる事にしました。
 つきましては、冒頭にもリンクを置きましたが、このねごろ牌なるものについて、皆様に広く議論、情報交換等して戴きたく思い、下記BBSを設けました。

     「ねごろ牌」情報交換(他、花札・カルタ関連)BBS

 何か有益な情報をお持ちの方、また私が気付かなかった特長、疑問点、不審点等発見した方、是非投稿して戴いて、議論が活発に拡がって行けば嬉しく思います。
 長々とお付き合いありがとうございました。


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   15/03/22追記
 引っ掛かる件数が多すぎる、と書きましたが、検索ワードに「銀座」を足すと、当然にして一番最初に引っ掛かるのはデパートの松屋銀座です。自分は地方民なので印象が一切なく、良く知らなかったのですが、松屋銀座のHPを何の気無しに眺めていたら、ねごろ牌の説明書の表紙にあるマークは、かつてそのデパートの松屋が使っていたマークだった様で、何処かの誰かが名を騙ったりしていない限り、ねごろ牌の「松屋」はデパートの松屋である事がほぼ確定的です。・・・・こんな事はもっと早く気付けよ、と自分でも思いました(汗)が、ではその松屋がこの牌とどう云う風に関わっているのか、はまだ判りません。


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   15/04/02追記
 上記の通り、説明書にある「松屋」とはデパートの松屋銀座である事が確定的になったので、このねごろ牌について、松屋に問い合わせてみました。松屋のHPで「これってこう云う歴史的な話を訊ねるのに使って大丈夫なのか」と思いつつ問い合わせフォームを使ったのですが(汗)、ちゃんと適切な部署に回してくださり、丁寧なご対応を戴きました。
 最初の返答では、このねごろ牌が松屋の商品であるのは間違いない(恐らくこのページの画像でロゴ等を確認されたのだと思います)旨ご回答戴き、ただ今までこのねごろ牌の事を知らなかったので、史料等残っているか調べてみます、との事でした。
 そして先日、その後の調査結果をお知らせ戴いたのですが、残念ながら松屋にも史料等何も残っていない、と云う事でした。ただ、松屋のOBの方何人かにもこの件について訊ねて戴いたらしく、その中で昭和26年(1951年)入社の方がねごろ牌を見た事があるそうです、とのご回答を戴きました。
 上記で私は、ねごろ牌は戦前あるいは戦時中のものだとは思うが戦後の可能性も捨て切れない、と疑義を呈しましたが、これは主に10月、体育祭、五輪マークと云う組み合わせに違和感を覚えた為で、昭和39年(1964年)の東京五輪が決定したのは昭和34年(1959年)ですので、もし見たのがそれ以前の事ならば、松屋の様なデパートがその名を入れている遊戯具に、終戦から其処までの間に「国粋」と云う言葉を冠するとは時期的に考え難く、これにより少なくとも戦後のものではない、と云う事がかなり確定的に推測出来るのではないか、少なくとも私はそう思いました。
 これについて皆様がどう感じ、どう考察するか、広くご意見を伺いたいと思いますので、BBSへ投稿宜しくお願いします。
 なお、この場を借りて、ご丁寧なご対応並びに調査の労を執ってくださいました松屋のご担当者様に改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。